MY LIFE LOG

ブログタイトル、変えてみた

林檎とパイのパルフェとわたし。笑

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 この前、駿台で浪人時代を共にした友人と再会。

ロイヤルホストでお茶をした時の一枚。

 

こちらの林檎とパイのパルフェ

おそろしく美味でございました。。。

ファミレスの味を越えています、皆様、是非。

 

もっと美味しそうに撮りたかったなあ。

私もお金貯めてちゃんとしたカメラを購入したい欲が

生まれてきた。笑

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

心が決まらず、決まったと思えばまた哀しみが戻る。

 

そんなことばかり繰り返してる毎日。

 

 

 

 

 

なんどもなんども文章を書いては、消している。

 

 

このところ納得できるブログが書けていない。

思う事を上手に表現出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今に満足しなかったり、

モヤモヤした気持ちをもっているのなら、

心が伴わなくても

途端に行動に移す!』

 

『出来ない事でもある程度見栄を張って

なんでも出来るって言い切る!!』

 

 

昨年の私はこういった信念をもって生きていた。

実践に実践を重ねていくうちにみるみる全てが変わっていく。

 

初めての経験だった。

 

自己評価が高くなり、周りから今までにはない賞賛も受ける経験をした。

 

 

 

でもその一方で頑張ってみても想定した評価が貰えない事が苦しくなったり、

自分が苦労して乗り越えたコンプレックスをもつ誰かを許せなくなった。

 

自分に厳しく、人にも厳しい、自分であった。

 

人に厳しいなら、自分に厳しく、自分に責任を持たないと、って

思ってたから精神的にも体力的にもギリギリでも耐えた。

 

 

 

 

 

夏までの活動は、

学生団体の1つの班のリーダー、

音楽サークルでは週2回のミニライブと大きな新入生ライブ、

自分のキャンパスの映画サークルの撮影のお手伝い(全然できてないけど)、

関心のある授業はキツくても全部とって、

辞書のようなレジュメでレポートを書かされる授業や、

英語のみで行なう授業もとったし、

1日のスケジュールをこなすためにキャンパス移動も。

 

 

これまでにないくらい精力的に動いて充実していたし、

初めて”自分で未来を切り開く感覚”を知った季節だった。。

 

 

 

 

 

けれど…いつしか充実感は多忙感に変化し、

自我が保てない程の苦しさをも感じるようになった。

 

 

全てに限界が来た。

 

夏の終わり頃、それは一気に終わりを迎えた。

体力的に疲弊して1つの団体の活動を休止したり、

側にいた人とお別れしたり。

 

 

 

物理的にも精神的にも良くも悪くも余裕ができ、

一気ペースダウンした。うまくいかなくなってしまった。

 

孤独感、自己嫌悪、哀しみや後悔の念でいっぱいだった。

自信があった故に人にキツい事をいってしまった罪悪感にも襲われた。

 

残された音楽サークルでも、過去のブログにあるように

劣等感を感じたり、自分らしさが分からなくなって、上手く行かなかった。

来年から戻ろうと思った団体もゼミが被り、

活動に戻れなくなってしまったり。

 

 

全部が停滞してしまって、

色々な事がもうダメだと思って毎日塞ぎ込んでいる自分がいて。

 

この先私は何に向かって、どう生きれば良いのか…

 

 

 

まずは目標をつくろうと思った。

何度も何度も小さい目標に向かって前進してみた。

 

でもしっくりこない…

その目標が結局は人によく見られるのが目的になっている気がして

結局は世間の価値観に踊らされてるようで

やる気がなくなった。 

 

 

 

 

焦れば焦るほど、夏までの過去が輝いて見えて苦しかった。

 

そして

あんな風に過去には私がアドバイスする側だった人たちが

どんどん成長して全く知らない世界に行ってしまった。

凄まじい劣等感にも教われた。

 

ひとりぼっちになってしまったんだ。

 

 

 

 

 

あの頃ばかり輝いて見えるんだ。

あまりにもキレイで、

切なくて、苦しくて。

 

 

 

 

思い詰めて、寂しくて、泣いて。。。

 

そんな自分が惨めで、悔しくて、泣いて。。。

 

 

 

そんな事を毎日繰り返して。

 

誇り高くいたかったはずの自分がなんで泣くの…

って思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今日。

習い事の最中にも

ずっと苦しい気持ちでいろいろ考えていた。

 

 

 

 

そしたら、体調面でも理由はあるけど

 

目の前が急に見えなくなって

ぐるぐるーってなってそのまま貧血で倒れた…。笑

 

 

貧血になりやすい時期だったのもあるけど、

びっくりした。

結局早退したんだけど、

帰り、習い事もなんだか上手くいっていない気分で

ちょっと涙が出た。

 

 

やっぱ今なにやっててもダメだーって。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれと同時に、

自分がなんだか気の毒に思えた。

 

最近あまりにも自分を認めてあげてないなあ…って

初めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、いろいろ思った。

 

 

気付いた。

 

 

 

今の自分は、

"うまく出来ていない自分" を消す事を目的に頑張っているな、って。

 

常に、今を否定していること。

成功だけが価値があると思っていること。

失敗が許せないということ。

 

 

頑張れていない自分は本当の自分ではないんだ、

って信じたかったのかもしれない。

 

頑張れて成功するのが本当の自分なのだ、

って思い込んでいたかった。

 

だから失敗が許せないし、

停滞してる自分が情けなくて嫌いなんだ。

 

 

 

思えば 

失敗している自分自身、

そして、

それだけでなく他の誰かが

失敗していたり悩んでいる状態までもが許せない自分がいた。

 

過去には停滞して悩んでる人に対しても

「とにかく前に進めよ!!!!」

って厳しく当たってた。

 

 

 

もし

また頑張れて、自分の弱さをを克服できたとしても

誰かに、過去の自分の弱い所と重なる部分を見つけて

 

直せた自分と比較して、

その人を見下してしまうのではないだろうかとか。

キツくあたってしまうのではないかとか。

 

それが怖いんだっていう事にも気付いた。

頑張る事がいつしか人を見下す事にも繋がるんじゃないかって、

怖かったんだ。

 

 

 

きっと、それは

過去の自分がそうだったから。

 

 

 

 

 

前の自分のようになったとしても

結局は”成功”を絶対的な価値として

上下でしか人を見れない

安っぽい小さな人間になってしまう。 

 

 それが嫌なんだ。

 

 

 

 

 

だからこそ、今大事なのは、

今の停滞している自分も『自分』なのだと

認めて愛してあげる事なのかもと思った。

 

 

弱い自分を否定し続けたら

きっと、この先大事な人が弱っている時に

また責めてしまうような自分になってしまうだろう。

 

 

だからまずは、弱っている自分から

逃げない事から始めようと思った。

 

 

 

 

”停滞していて何も出来ない自分”も、

”頑張って成長していく自分”も、

全部『自分』なのだ。

 

 

否定するのではなく

全ての『自分』に責任を持って、

 

もう一度、

新しく、

自分の足で、

自分の人生を切り開いていきたい。

 

と、思った。

 

 

***